御殿場之魅力発掘隊

黒澤明『椿三十郎』ロケ地探訪

1961年/昭和36年12月20日、御殿場ロケ実施

すべての黒澤映画の中から「もっとも衝撃的なシーン」を選ぶものとしよう。間違いなくベストテンに入り、1位に推す人も多いのは『椿つばき三十郎さんじゅうろう』の決闘シーンだろう。
三船敏郎演じる椿三十郎と仲代達矢演じる室戸半兵衛が対峙たいじし、背後から侍たちが見守るこのシーンは、御殿場でロケがおこなわれた。関係者の記録によると、撮影日は1961年/昭和34年12月20日である。

御殿場でロケがおこなわれたことを示す3枚の写真──【1】映画の画面(YouTube)、【2】ロケ当時のスチール写真、【3】現在の写真──を以下に並べてみよう。※動画はのちほど再生してください。

▼【1】Sanjuro, Akira Kurosawa, 1962 - Standoff with Bloody Spurt Scene(海外ストリーミングサイト)

▼【2】ロケ当時のようす。1961年/昭和36年(映画公開は翌年)

▼【3】2020年/令和2年現在

現在は背後に土が盛られて道が途切れているが、雰囲気は感じとっていただけると思う。

決闘シーンは逆光だった

これら3枚の写真を見て気づくことは、人物の影が地面に落ち、手前に伸びていることである。つまり太陽を背にしており、逆光である。

カメラをよくご存知の方には説明不要かもしれないが、周囲の景色が標準的な明るさに映るような設定のまま逆光で撮ると、人物はシルエットになり顔も暗くなる。
暗くなるものの、逆光にはメリットもあって、そのため『椿三十郎』の決闘シーンはあえて逆光で撮られた、というのが、じつはここからの主張である。

さて、ここで冒頭の動画をご覧いただきたいが(人が斬られるシーンです。苦手な方はご注意ください)決闘の末、室戸半兵衛が斬られ、右脇のあたりから血が猛烈な勢いで噴き出す。

何度見ても「うわっ、すごいな!」と驚くシーンだが、あらためて画面を観察してみよう。飛び散る血飛沫しぶきは白く、黒っぽい背景から切り離され浮き上がって見える。これが逆光の効果である。血液のような液体(撮影に使われたのは着色した水といわれる)に背後から光を当てると、細かな飛沫は光を拡散して白く見える。

この時代の黒澤映画はカラーではなく『椿三十郎』はモノクロである。血の代わりの着色された水はスクリーン上では黒っぽく映る。黒っぽい背景に黒っぽい血が飛び散っても、きわだたない。視覚的にわかりにくい。そこで、逆光で撮ることで血飛沫を白く浮き立たせ、背景から切り離しているのだ。

類似の効果はほかにも現れていて、黒っぽい着物の肩や背中、刀のつかなども動きの中で短時間、輪郭が逆光によって白くふちどられて見えることがある。
また、たくさんの羽虫が飛び交って見えるのも逆光によるもので、画面にアクセントを添えている。
いずれにせよ視覚的効果を十分に発揮しており、逆光撮影のサンプル的映像といえるのが『椿三十郎』の決闘シーンである。

逆光+レフ板

光についてもう少し説明すると、手っとり早く人物を明るく撮りたければ、太陽に向かって立ってもらい、いわゆる順光で撮ればよい。しかし順光には不都合もあって、日差しの角度によっては目や鼻の下に影が出てしまう。特に強烈な直射日光では、明るい部分は白く飛び、影の部分は黒くつぶれる。どぎつい映りになってしまうことが、わりとあるのだ。

それを避けるには、あえて逆光となる向きで人物に立ってもらい、レフ板と呼ばれる反射板で太陽光線を拡散・反射させて当てる(ライトなどの人工照明を使うこともある)。直射日光の直進的な強い光と影を抑えたうえで、被写体を照らすことができる方法である。

この「逆光+レフ板」の組み合わせは撮影の定番手法であり、『椿三十郎』の決闘シーンでも使われている。
これもカメラ好きでフラッシュやライトなどの照明を使い慣れた方はおわかりと思うが、『椿三十郎』では決闘する二人と背後の侍たちにかなり明るい光が(レフ板で)当てられている。それによって、人物の着物や顔が鮮明かつ諧調かいちょう豊かに映し出されているのだ。

一流の撮影スタッフが撮っているから当然ともいえるが、『椿三十郎』の決闘シーンは、それら光の特性を把握して撮られた逆光撮影のお手本とよべるものである。

ロケ現場は左右対称だった

『椿三十郎』の決闘シーンでは、背後の侍たちが坂をやや登ったところに立っている。それによって、こちらを向いた侍たちの目が、椿三十郎と室戸半兵衛の目と同じ高さに並ぶ。侍たちの存在感が増し、固唾かたずを飲んで決闘を見守る情景が、より迫真的なものになっている。巧みな構図である。

侍たちを坂に配置するためにカメラの向きと位置が限定され、結果的に逆光になったに過ぎないのでは?という可能性も、少し頭をよぎる。しかし、そうではないことが、ロケ現場の反対側を見るとわかる。下の写真がロケ現場の反対側、つまり決闘シーンを逆方向から見たようすである。

▼決闘シーンを逆方向から見る。1961年/昭和36年(多くのレフ板が持ち込まれている)

▼決闘シーン逆方向の2020年/令和2年現在のようす

ロケ現場となったのは、じつは川である。ふだんは水がないが、ひとたび大雨が降ると濁流が流れる。そこを道路(坂道)が横断している。中央(川底)が低く、両側(両岸)に向かって上り坂(道路)になっている。地形が左右対称なので、侍たちを坂に配置したければ、反対側の坂に立たせてカメラの向きを変えることで同じ構図のまま順光で撮ることもできた。
それを逆光で撮ったということは、やはり逆光ならではの視覚的効果を狙ったのだ。

【同じ写真をもう一度比較】
▼決闘シーンの撮影方向 = 逆光
 
▼反対方向 = 順光
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※現地へのアクセス方法は掲載しませんがご了承願います。今後追加できる情報があれば、このページに公開していきます。

血を噴出させた装置が保管されていた!

『椿三十郎』の血が噴出するシーンは、ポンプ仕掛けであったとか、ホースが使われたとか言われてきたが、どのような物だったのか具体的にはわかっていなかった。ところが今回、その装置を直接目にする機会を得た。

『椿三十郎』の血飛沫噴出装置

血を噴出させたノズルとチューブ

この装置は長年黒澤映画の小道具を担当した浜村幸一氏が考案したもので、扇状に広がる薄い三角形の金属ノズルと細いチューブ(ホース)で構成されている。これをエアーポンプにつなぎ、血液代わりの着色した水を噴出させた。

この装置は『用心棒』(1961年/昭和36年公開)で初めて使用されたのに続き、続編ともいわれる翌年の『椿三十郎』でも使われた。同作の壮絶な決闘シーンが話題となったことで、流血場面のある時代劇が次々とつくられると同時に、海外映画にも影響を与えるきっかけとなった。

複数つくられた装置は、今は佐藤袈裟けさたか氏(三度屋美術工房、三船プロで小道具を担当、現在は軽井沢で三度屋五寄庵を経営)によって大切に保管されている。
今回特別に佐藤氏と、ロケ地探索バスツアーなどを企画・開催している東京世田谷のゆいお~くらんど(岡本和泉代表)のご厚意で実物を拝見することができた。
▼結お~くらんど
http://www.imincosmos.com/yui/


さらに詳しく知りたい人のために
── 関連書籍紹介 ──

『七人の侍』ロケ地の謎を探る

『七人の侍』ロケ地の謎を探る 単行本(ソフトカバー)
高田雅彦 (著), 岡本和泉 (イラスト)

黒澤明『七人の侍』ロケ地探訪のページでも紹介した本書が『椿三十郎』決闘シーンのロケ地も詳しく解説している。ぜひご覧ください。

【関連ワード】The location for“Sanjuro”in Gotemba、しぶき、墨汁、黒沢明,Akira kurosawa,Tsubaki Sanjuro
(Text by TK. ページ公開:2021/03/10