絵はがきで見る百年前の御殿場
【二の岡 編】
▼二之岡櫻並木 / NINOOKA SAKURANAMIKI
▼二之岡クラブ附近之並木 / NINOOKA KURABUFUKIN
▼二ノ岡街路 / THE STREET OF NINOOKA
▼二之岡運動場 / NINOOKA UNDOJYO
▼二ノ岡遊技場 / THE PLAY GROUND AT NINOOKA
▼二ノ岡全景
※英語表記が「The Shrine at Ninooka」となっているが誤記と思われる
▼二ノ岡別荘地 / VILLA OF NINOOKA
1889年(明治22年)に新橋 - 神戸間が鉄道で結ばれ、御殿場に東海道線の停車駅が置かれると、御殿場は別荘地として人気を集めるようになった。
眼前にそびえる富士山と、夏の冷涼な気候から避暑地として注目され、横浜の外国人や、東京の政財界人・文化人などが多数、別荘を構えた。
二の岡には欧米人が居住するアメリカ村ができ、洋風の建物や施設がつくられた。
アメリカ村という言葉は耳にしたことがある人は多いと思うが、実際に当時の二の岡や東山の写真を目にすると一目瞭然である。
乗合バスなのかタクシーなのか(当時の)最新鋭とおぼしき車が走り、パラソルを差した婦人や、ベビーカーを押す女性が見える。グラウンドでは子供たちがポロやテニスに興じる。建物の屋根は直線的で、なかには凝った造りもある。
百年後の現在見ても違和感は少ないかもしれないが、当時の日本の田舎はまったく別の姿をしていた。絵はがきで見る百年前の御殿場【背景に富士山 編】の写真と見比べると、御殿場の中に異文化が存在していたことがよくわかる。
【関連ワード】絵葉書,古写真
(ページ公開:2023/01/30)